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エッセイ(落ち穂)

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琉球新報の文化面の「落ち穂」というコラムへ約4か月間連載をしました。

自己紹介
2008.6.30. 琉球新報


表紙.jpgくりはら・あらた(33)。埼玉県出身。NPO法人どうぶつたちの病院と協働で西表島に動物病院を開設。沖縄県認定・野生動物救護ドクター。










西表島のねこ飼養条例改正
2008.6.18. 琉球新報


頭数制限(多).jpg2008年6月18日、竹富町ねこ飼養条例の全部改正案が、町議会によって全会一致で可決されました。この条例はイリオモテヤマネコの保護を目的に、竹富町全域を対象にする事項と、ヤマネコの生息地だけに適用する事項を区別しています。
 西表島では、マイクロチップによる登録、予防接種、猫エイズや猫白血病の検査、ウイルス感染ねこの室内飼育、放し飼いのねこの不妊化手術などが義務化になり、飼養頭数や西表島へのねこの持ち込みも制限されます。ちょっと厳しいようにも感じますが、既に島内では、ほぼ適正飼養が徹底されていて、特別に、これから何かしなければならい訳ではないのです。むしろ、旧条例では登録のことだけしか定められておらず、西表島の現状に合わなくなっていました。新条例は、これまでの関係者と西表島のねこの飼い主さんたちの地道な努力の成果を、成文化しただけだと言えます。
 日本には、2種類のヤマネコがいます。沖縄県の西表島に生息するイリオモテヤマネコと長崎県の対馬に生息するツシマヤマネコです。ヤマネコはイエネコに比べ、体型が胴長短足で尾が太く、がっちりした印象です。普通のキジトラねこにスポット模様が入っている場合、とても見間違いやすいのですが、耳の先が丸くて裏が白いのが特徴になっています。ツシマヤマネコは寒冷地にいるので毛がフサフサで、イリオモテヤマネコは亜熱帯にいるせいか、色黒です。両者とも島に限定して生息しており、個体数が少ないので目撃することは非常に難しく、絶滅が心配されています。
 そんなヤマネコたちに事件が起きました。1996年に、イエネコからツシマヤマネコへ猫エイズウイルスが感染していたことが分かったのです。猫エイズは根治が出来ず、感染すると病気への抵抗力が弱くなり、やがて死に至ります。ペットとして人間が持ち込んだ動物が、ヤマネコの生存を脅かしている事実に、関係者は非常なショックを受けました。イリオモテヤマネコについては、現在まで感染の確認はありませが、未然に防ぐための対策が急務になっていました。


獣医のお仕事
2008.7.18. 琉球新報


支援事業.JPG獣医師というと、みなさんはどんな仕事をしていると思いますか?多くの方が、動物病院で犬や猫を診察している風景を、ご想像されるのではないでしょうか。また、近年ではヤンバルクイナなどの野生動物の保護活動がクローズアップされ、ご存知の方もいらっしゃるでしょう。しかし、これらの仕事に従事している者は、ほんの一握りの人達です。多くの獣医師は、みなさんの知らないところで、みなさんの生活を支えるために、粛々と日々の仕事に努めております。豊で美味しい食卓を提供するために畜産に関る者、安全で正しい表示の食品であるかチェックする者、医薬品の開発や安全性を検査する者、健康で衛生的な生活を維持するために、人や動物の伝染病を監視して対策をとる者など、詳しくすると書ききれないほど多岐の分野で活躍しています。このような獣医師は、九州と沖縄県だけで4000人も居ります。
 獣医学には「人と動物の関係学」という比較的新しい分野があります。有名な例の一つとして、イギリスでのお話ですが、北部の寒冷地では、毎年一人暮らしのお年寄りが暖房を付けずに凍死するという事故が発生していました。憂慮したある団体が対策として、セキセインコをお年寄りにプレゼントしたところ、インコは寒さに弱いので室内を暖かくする必要があり、大切に飼うことで、翌年は凍死事故がなくなったそうです。このように、「人と動物の関係学」は、人間が動物を利用し搾取するだけではなく、動物の福祉にも配慮して、互恵関係を築こうという学問です。
 この新しい分野が盛んに取り上げられていた1996年に、ツシマヤマネコからイエネコ由来の猫エイズウイルスが確認されました。世界でも初めての例です。動物に関る仕事をしている関係者は、ペットが希少な野生動物の生存を脅かしている事実に、大きなショックを受けました。特に九州地区獣医師会連合会では、「ヤマネコ保護協議会」を設置し、毎年、全会員から一人千円を集めて予算立てをし、「ヤマネコ支援事業」を開始しました。全国的にも非常に稀な取り組みです。


ヤマネコ支援事業
2008.8.1. 琉球新報


予防接種・ウイルス検査.jpg世界には約36種類のネコ科動物が知られていますが、なかでもイリオモテヤマネコは沖縄県の西表島だけにしかおらず、非常に小さい生息域と個体数の少なさは際立っています。例えば、お隣の台湾に生息するウンピョウでは、オスの行動範囲は西表島と同じぐらいの面積が必要で、小さな島では種を維持することはかないません。大昔、島に取り残されたイリオモテヤマネコの先祖は、長い時間をかけて西表島の環境に適応したのだと思われます。
 近年、ヤマネコの保護上の問題点として、生息環境の改変、交通事故、外来種など、人間生活による急激な影響が指摘されています。特にペットとして持ち込まれたイエネコの伝染病は、隔絶した環境で生活し、免疫を得ていないヤマネコにとっては脅威です。
 平成11年、西表島の飼いねこやノラネコに、猫エイズの感染が確認されてしまいました。島に住んでいる人にとっても、世界中の人にとっても宝であるイリオモテヤマネコを、なんとかして守らなくてはなりません。最初に動いたのは、島内のねこの飼い主さん達でした。「西表マヤーグゥワー探偵団」を結成し、獣医師を招いてウイルス検査や不妊化手術などの対策をしました。また、平成12年から、九州・沖縄地区の獣医師会が「ヤマネコ支援事業」を開始しました。竹富町と協力しながら登録と適正飼養の普及活動を展開し、イリオモテヤマネコの生息地の飼いねこを対象として、去勢・避妊手術、ワクチン接種、ウイルス検査、マイクロチップ標識などの診療を、現在まで無料で実施しています。
 猫エイズウイルスは、専らケンカにより血液が混ざることで感染し、特に発情したオスはケンカを繰り返すので危険です。また、イエネコの生息が過密になれば、ケンカも増加するので、感染防御のためには、頭数のコントロールと不妊化手術が非常に有効になります。
 活動の中で、野生動物とペットと、それに関る人間が、良好な関係を築き西表島で共存するためには、不妊化手術などの適正飼養の徹底が鍵になることがわかってきました。

私のヤマネコ支援事業
2008.8.15. 琉球新報


頭数制限(少).jpg九州・沖縄地区の獣医師会が取り組んだ「ヤマネコ支援事業」は、平成12年から開始されたのですが、私が関ることになったのは平成17年からで、沖縄県獣医師会が受託した環境省グリーンワーカー事業「西表島イエネコ対策基礎調査」の担当技術者を兼任するかたちで派遣されました。この事業に志願したきっかけは、私の過去の体験に起因します。
 当時、大学生であった私は、動植物研究会というサークルに所属しており、長い冬休みを利用して、西表島にキャンプ生活をしながら約一ヵ月間滞在しました。目にする生き物は、みな初めて見るものばかりで、自然の豊かさを肌で実感することができ、また、幸いにもイリオモテヤマネコを2回も目撃する機会を得ました。仲間と一緒に大興奮したことを、今でもよく覚えています。
 しかし、楽しい旅にも終りが来ます。キャンプを引き払う時に、一ヶ月間溜めたゴミが残りました。管理人に処分方法を聞き、近くのチリ捨て場に持ち込むことになったのですが、その光景は凄まじいものでした。粗大ゴミも生ゴミも、ただ谷に投げ込まれていた状態で、ゴミの山は亜熱帯の植物群を圧迫し、悪臭をはなち、異常に多くのノラネコがたむろしていました。私は、手に持ったゴミを捨てるのに非常なためらいを感じました。でも、帰りの飛行機の時間が迫っていて、結局は捨てるしかありません。船上で放れ行く島影を見ながら、あのゴミの山を増やすくらいなら、二度と来ないと思っていました。
 それから10年の歳月が過ぎました。平成16年から竹富町はゴミの分別回収に着手し、チリ捨て場は閉鎖予定になり、このことは、西表島の生態系にとって望むべきことではあったのですが、たむろしていた沢山のねこの扱いが問題になりました。このねこのなかに、エイズに感染している個体がいます。餌場を失ったねこが分散することで、ヤマネコの生息を脅かし病気を移すことや、住民生活に被害を及ぼすことが想像されました。そこで、問題解決のために、獣医師の専門的な技量が必要とされていました。

小さなことからコツコツと
2008.8.29. 琉球新報


20世紀には多くの環境問題が発生し、自然が無尽蔵のものではないことを知りました。空気でさえ有限のもので、現在は地球温暖化問題として、私達の未来に高い壁として立ち塞がっています。世界中で沖縄県にしかいないヤンバルクイナやイリオモテヤマネコなどの希少種が、もし、いなくなっても生活には困らないですか?これらを守れなかった社会に魅力を感じられるでしょうか?また、生物の多様性のなかで、私達の未来を救う発見があるかもしれないのに、消してしまっていいのでしょうか?
 今世紀、私達はどんなに小さな問題でもいいから解決し、一つ一つモデルケースとして社会に示していく必要があります。未来をあきらめないために!
 以前、イリオモテヤマネコが直面していたイエネコの問題は、ねこが愛玩動物でありながら、野生でも生きていけるという二面性があるために、対策が非常に困難でした。完全に野生動物であれば有害鳥獣として駆除が可能で、飼育動物であれば飼い主の責任で対応が出来ます。しかし、ノラネコは、法律の適用が及ばない存在でした。
 環境省事業「西表島イエネコ対策基礎調査」は、平成15年からの3年計画で実施されました。チリ捨て場の閉鎖で棲み処を失ったねこは、飼い主がいないことを確認後、ウイルス検査をし、西表島から船に2回乗り、沖縄本島に運ばれ、NPO法人どうぶつたちの病院が用意したシェルターで暮らすことになりました。毎日、ボランティアやスタッフが世話をする中で、人の手になれたねこは、新しい飼い主へもらわれていきます。
 現在、ヤマネコの保護を目的に、九州・沖縄地区の獣医師会は飼いねこの不妊化手術等を徹底し、環境省事業でチリ捨て場のねこの対策がとれたことで、ノラネコがゼロになった集落が出現し、干立地区ではネコエイズを根絶できました。竹富町が条例改正を実施し、マイクロチップによる登録と健康管理が義務化され、島外からのねこの持ち込みも制限されたことで、人とペットと野生動物が共存可能な仕組みが機能し始めています。

ねこの捕獲作業
2008.9.12. 琉球新報


iriomotejima2.jpgイリオモテヤマネコを守るため、たくさんのイエネコが生息するチリ捨て場の閉鎖に先行して、ねこの対策が必要でした。私は、平成17年10月から、沖縄県獣医師会の担当として、毎月10日間の日程で西表島に派遣されました。この事業では、殺処分をせず、餌場を失ったねこを保護し、飼い主がいないか確認の後、船を2回乗り継いで沖縄本島に送っています。NPO法人どうぶつたちの病院と連携して沖縄本島にあるネコシェルターで収容し、人の手に馴らして新しい飼い主へ引き取られます。とてもやさしい手法ですが、実行するのは非常に大変です。
 なぜ、この手法を採ったかというと、イリオモテヤマネコを守るためとはいえ、ねこを駆除することに地域の意見が割れていました。また、長年、九州・沖縄地区の獣医師会が飼いねこの不妊化手術を無料で提供し、繁殖制限が徹底されていることや、島という環境により外部からの流入を防げることにより、捕獲による効果が期待できると思われたからです。そして、ゴミの分別回収により、チリ捨て場の閉鎖は決定されており、多くのねこが分散することで、ネコエイズなどの感染症の拡大が心配でした。そこで、推定されたチリ捨て場のねこ約200頭を、全て飼養する覚悟で開始しました。
 住民説明会で、事業の必要性や方法を説明し、その中で、ねこの捕獲に協力してくれる人を募集して、猫ワナの使用方法を講習しました。ヤマネコを誤捕獲しないように、時間を決め、ワナに使う餌は魚肉ソーセージや揚げ物など、ヤマネコが食べないものに限定しました。最初は,次から次へと凄い勢いでねこが捕獲されましたが、ある程度実施すると、なかなか捕まらなくなります。作業の中で、違う動物も捕獲され、常連はオカヤドカリで、浜に近いといっぱい入り、また、から揚げが餌なのに、立派なオスのニワトリやシロハラクイナまで捕まりました。ある時は、巨大なヤシガニがワナの上に乗っかっており、驚かされ、このような思わぬ面会は、作業をしているわたし達を、ちょっとだけ楽しくさせました。

イリオモテヤマネコのために
2008.9.25. 琉球新報


virus.jpg西表島のイエネコ対策は、チリ捨て場を中心に行われましたが、その他の場所にもノラネコが生息しており、集落の付近でねこを捕まえた場合は、飼いねこではないことを確認しなければなりません。西表島では相当数の飼いねこにマイクロチップが挿入されているので、専用の読み取り機でチェックできます。反応があった場合は、15桁の個体番号ですぐに飼い主が判明しますが、反応がなかった場合は、保護捕獲した集落で、一軒ずつ聞き込み捜査をしなければなりません。ねこ好きな人が多い集落は、精度の高い情報が容易に集まるので作業が楽でしたが、反対に、ねこに興味のない人が多い集落では、困ってしまいました。そのような場合もあるので、さらに保護されているねこの情報も提供し、4日~1週間ほど動物診療所で収容してから、島外に航送しました。
 集落内では、ねこを沢山養っている方もおり、まずは、話を聞きくことから始め、それぞれの事情を知りました。ある人は、ねこが本当に大好きで、全頭を家族のように大切にしており、また、飼いねこ以外のねこにも、かわいそうなので餌を与えていたケースもありました。やさしい方が多く、ねこが増えてしまったことで、近所から苦情があった場合に、どうしたら良いのか困っていました。そこで、獣医師が相談にのり、ねこを飼養する意志が明確な場合は、登録と獣医師会事業での不妊化手術に協力してもらい、時間をかけて頭数を減らす手法を取りました。環境省事業で、捕獲を手伝う必要があるケースも多く、ワナでも捕まらない時には、家の中で餌付けた後に閉じ込めてもらい、私が手網を持って乗り込みます。手網は工夫した専用の物で、ねこが入ると網が柄から外れて入口がきゅっと締まり、安全に捕まえることができますが、このようなことは、飼い主さんの多大な協力と、お互いの信頼関係が無ければ不可能です。 飼養できないねこは、島外のシェルターに送りました。しばしば、涙のお別れに立会い、その度に、ねこの飼い主さんたちに心から感謝し、この仕事の重さを痛感しました。

マイクロチップ
2008.10.10. 琉球新報


病気ネコ室内飼い.jpg「動物を捨てないでないで下さい。」単にゴミなどの物体を捨てた場合と異なり、動物を捨てた場合は、必死に生き残ろうとし、繁殖し、子孫を残します。ねこは繁殖能力が非常に高く、1年に2~3回は出産可能で、多ければ一度に5~8頭ぐらい仔猫が生まれてしまいます。生存競争の過程で多くは死にますが、自然の中で生き残った場合には、その餌資源は野生動物になり、ヤマネコの生息を邪魔したり、病気をうつしたり、希少種を食べてしまったりと、新たな悲劇が起こります。
 わたし達の身近にいるねこは、全て、もともとリビアのヤマネコを家畜化したもので、学術名はイエネコになりますが、生息形態により呼び方が違い、適用される法律も変わり、非常にややこしくなっています。まず、「飼いねこ」は、飼い主が責任を持って飼養しているものです。「ノネコ」は、人にまったく依存せずに生息しているもので、法律上は野生動物として扱われ、有害鳥獣として捕獲を申請することは可能です。「ノラネコ」は、人に依存している可能性がある存在で、ひょっとしたら、誰かが飼っているかも知れないので殺処分はできませんし、責任の所在があいまいで、法律上やっかいな存在になっています。
 そこで、西表島でのイエネコ対策は、動物愛護の精神で、殺処分はしない手法を採用しました。この場合の適用は「動物の愛護及び管理に関する法律」で、イエネコの区分は「飼い主がいるねこ」と「飼い主がいないねこ」の2つになり、「飼い主がいないねこ」は保護しています。呼び方の違いに混乱しそうですが、この現状を明らかにする道具が、マイクロチップです。竹富町の新条例では、西表島の飼いねこにマイクロチップによる登録を義務付け、島内でねこを保護した場合はチップを確認します。個体識別番号が判明すれば、直ちに飼い主の下にお返しでき、チップが挿入されていないねこは、「飼い主がいないねこ」として、町が管理する権利を有し、NPOや動物愛護団体と連携して対応が可能になっています。